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東京高等裁判所 昭和42年(く)99号 決定

少年 N・H(昭二二・七・二七生)

主文

原決定を取り消す。

本件を東京家庭裁判所に差し戻す。

理由

本件抗告の趣意は、申立人提出の抗告趣意書に記載されたとおりであるから、ここにこれを引用するが、要するに原決定の処分が著るしく不当である旨を主張するものである。

よつて記録に基づき考察するに、申立人は八歳の頃父を喪い、再縁した母の手で育てられていたところ、一四歳の頃母も死亡したので、実兄のもとに引き取られたが、兄嫁との折り合いが悪かつたため昭和三七年二月頃右実兄方を出て、爾後大阪市内、東京都内等を転々として屑拾いや日雇人夫等をして生活していたものであり、その間窃盗の非行により昭和三八年一月一一日大阪家庭裁判所において初等少年院送致処分を受け、四国少年院等に収容され、退院後再び窃盗の非行により昭和三九年一二月二四日同裁判所において特別少年院送致処分を受け、河内少年院に収容されたが、退院後又も同種非行を犯し窃盗罪に問われ、昭和四一年一一月一五日大阪地方裁判所において懲役一年に処せられ、保護観察付で三年間その刑の執行を猶予されたにもかかわらず、長期にわたる浮浪生活に馴れて健全な社会性を喪い、従前の安易な生活態度を改めようとせず、保護者たる高松市居住の実兄のもとに居着かないで依然として浮浪生活を送つているうち、更に本件非行に及ぶにいたつたものであること、申立人が性格的に無気力型であり、対人的感受性に乏しく、健全な社会集団から逃避し、将来の希望も生活目標もなく、その日暮しの生活に安んじていて、心理的・行動的に著るしく不安定な傾向が認められること等に照らせば、申立人の犯罪的危険性は看過し得ないものがあり、かかる性格的負因を矯正し、健全な育成を期するためには何らかの保護を加える必要のあることもこれを否定することができない。しかしながら、申立人は現に大阪地方裁判所において言渡を受けた前示執行猶予の判決に基づく保護観察期間中の身であつて、初度目の保護観察付執行猶予は、その素質環境等に照らし執行猶予期間中における再犯の虞れが絶無といえないが、適切な補導援護の措置を講ずることにより再犯防止の目的を達成し得ると認められる者に対して言い渡されるものであることに鑑みれば、現に執行猶予者として保護観察に付されている申立人に対し、右保護観察期間内の非行を契機として重ねて一層強力な身柄収容を内容とする保護措置を講ずるについては、刑の執行猶予の言渡当時の事情から予測された再犯の危険性の程度がその後一層増大したことを窺わしめる事情の変更あることを要するものと解すべきところ、本件において申立人は右保護観察期間内に依然として従来同様の浮浪生活を送り、その不健全な生活環境の下において本件非行に及んだことは前叙のとおりであり、申立人に積極的な改過遷善の色は見受けられないけれども、本件非行の内容は用便以外の目的で立ち入ることを禁ぜられた公衆便所にデイトクラブの勧誘ビラを配る目的でみだりに立ち入つたという唯一回の軽犯罪法違反の事実に過ぎず、他に申立人が同種非行を反覆累行していた事跡を窺うに足りる資料はなく、本件非行は偶発的なものであつたと認められるのであるから、申立人の非行性が右保護観察の期間内に更に高度化したものとは遽かに断じ難く、また、原決定当時申立人は成人に達する直前であり、前記保護観察の期間は成人に達した後も相当期間継続するものであることをも参酌すれば、申立人に対し身柄収容を内容とする保護措置を講じなければならない程の特段の必要があるとは解せられず、保護観察機関の行なう補導援護の強化、特に適切な生活指導等によつて再非行防止の目的を達することも強ち期待できないでもないと思料される。以上の次第であるから、申立人を特別少年院に送致した原決定の処分は著るしく妥当を欠くことに帰するので、本件抗告は理由があると認める。

よつて、少年法第三三条第二項、少年審判規則第五〇条に則り、原決定を取り消した上本件を原裁判所に差し戻すこととし、主文のとおり決定する。

(裁判長判事 栗田正 判事 沼尻芳孝 判事 近藤浩武)

編注

受差戻家裁決定(東京家裁 昭四二(少)一八三八五号 昭四二・一二・二五決定 検察官送致(少年法第一九条第二項))

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